「世界のミフネ」と称される名優であるが、私はずっと三船敏郎の良さをちっとも理解していなかった。そもそも三船敏郎が出演している映画を見た記憶さえなかった。とりあえず、海外であまりに有名な「七人の侍」と「羅生門」を観てみたが、いまいちピンとこなかった。
ターニングポイントは「用心棒」であった。まさに映画の最後の1分、私は油断していたのである。ラストシーンで、三船敏郎が振り返りざまに照れくさそうに、面倒くさそうに「あばよ」と言うのだが、その表情がドキッとするほど魅力的で、誇張ではなく大きな衝撃を受けた私は「なるほど、世界中にファンがいるわけだ」と、目から鱗が落ちる思いであった。これは是非、日本人なら一度は見ておくべき作品だと断言できる。とりわけそのラスト1分のために。
以後、黒澤明監督の作品は「デルス・ウザーラ」以外の29本を鑑賞したが、やはり三船敏郎が出演しているものは全てキリリと引き締まり完成度が高く、どれほど二人の創作的相性が良かったかを窺わせる。三船敏郎が東宝から独立して三船プロを立ち上げて以来、「赤ひげ」(1963)を最後に、黒澤明の映画には出演していないことは非常に惜しい。仲違いしたのでは、などとゴシップもあるようだが、プロダクションの社長となったミフネが、拘束時間の長いクロサワ映画にコミットできなかったのは当然だったのではと拝察する。
お年を召してからもダンディーな紳士だった三船敏郎だが、二十代の時に出演した「酔いどれ天使」(1948)、「静かなる決闘」(1949)、「野良犬」(1949)では私の想像をはるかに超える二枚目ぶりで驚いた。存在そのものが特別であるかのような、上品なオーラを醸している。
しかし、翌年の「醜聞」(1950)ではすでに壮年の貫禄が出てきており、若さが一気に消え失せている。二十代の三船敏郎の出演作が少ないことは誠に残念である。昔の人は戦争などで苦労が多かったために老けるのが早いと聞く。戦時中の三船敏郎のパイロット姿の写真も世に出回っているが、外国の俳優にも劣らない精悍なお顔つき、必見である。