「陸軍中野学校」シリーズについて

陸軍中野学校とは、戦前から第二次世界大戦中の日本に秘密裏に実在したスパイ養成学校である。欧米諸国に比べ日本は諜報や暗号解析など情報戦分野で遅れを取っていたが、陸軍は1938年、そういった秘密工作に関する教育、訓練、研究を行う専門機関を極秘に設立し、ついに国際的スパイの養成に取り掛かった。

この学校に入学を許されたのは、現役の職業軍人や将校たちではなく、主に一般大学出身の、まだ民間人の感覚を忘れていないであろう、予備士官学校卒業生や幹部候補生の中で肉体的にも精神的にも知能的にも優れた、少数の精鋭たちであった。

生徒たちに鍛え込まれたカリキュラムは、軍事学をはじめ、心理学、薬物学、法医学、細菌学、外国語、武術、射撃、暗号解読、モールス通信、飛行機操縦、拷問訓練、解錠技術(金庫破り)、社交ダンス、変装、各種職業訓練など、あらゆる専門的分野に渡ったという。

開校から敗戦までの七年間に卒業した2,000名以上の秘密戦士たちは、銀行員や商社マン、新聞記者や商人など別の人物になりすまし、日本国内をはじめ世界各地に派遣されていった。そのうち戦死者は約300名、刑死者約10名、行方不明者は400名ほどにのぼるという。ちなみに、戦後29年経ってフィリピンから帰還した小野田元少尉も陸軍中野学校の卒業生だそうだ。 スパイ活動の実態については、陸軍内でもトップ・シークレット扱いであった上、卒業生たちは「功は語らず、語られず」「地位も金も名誉もいらぬ。国と国民の捨て石となる」という精神を貫いたため、今も闇の中である。

1965年、戦史研究家で作家の畠山清行氏(埋蔵金研究家でもある)が某週刊誌に「秘密戦士 陸軍中野学校」というコラムの連載を始めると、大映は早速「陸軍中野学校」映画化の企画を打ち出した。当時、大映の看板スターであった市川雷蔵を主役に据え、学校の第一期生が戸惑い、苦悩し、乗り越え成長し、卒業していくまでの一年間を描いた青春群像劇に仕上がっている。監督は、変態映画のイメージしかない増村保造であるが、この時代の量産型プログラム・ピクチャーに関しては、増村も職業監督に徹して会社の意向のまま撮影したのだろうが、日本版「007」と言えるほどの傑作となっている。

この作品が商業的に成功を収めたため、「陸軍中野学校」はシリーズ化され、1966年から1968年にかけて5本製作された。そして1969年、市川雷蔵は肝臓ガンのために急逝し、その二年後に大映は倒産した。

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第一作目のオープニングは、東京日日新聞(現・毎日新聞)の「海軍南京を大空襲」「南京を完全占領・皇軍の精強宣揚」「起て!国民精神総動員!」「支那軍戦線総崩れ」「日満支三國提携し東亜の新秩序建設へ」など、センセーショナルな紙面が画面を覆い、不穏な緊張感から始まる。時は昭和13年、前年の盧溝橋事件を発端に勃発した支那事変が激化する中、主人公、市川雷蔵は陸軍予備士官学校を卒業したばかりである。女手ひとつで育ててくれた母親と、見目麗しい婚約者の小川真由美と共に暮らしている。小川真由美とは、除隊になる二年後には結婚することを約束している。

しかし雷蔵を含む、選ばれし18人の卒業生は、ある日を境に本名を捨て、恋人を捨て、家族を捨て、将来を捨てなければならない状況に置かれる。「優秀なるスパイは一個師団、二万人の兵力に匹敵する。日本のために身を捨ててスパイになってくれ」と加東大介演じる陸軍中佐に命じられるのだ。

否応無しに、情報戦の講義や実習が怒涛のように行われ、過大なプレッシャーに生徒たちも追い込まれていく。そんな中、生徒の一人が神経衰弱で自殺を図る。不満の溜まっていた生徒たちと加東大介演じる中佐が初めて本音でぶつかり、加藤は「このままではくだらん政治家や将軍どもがアジア全体を敵に回し、日本を滅ぼしてしまう。日本を救ってくれ」と懇願すると、生徒たちは決心を固め一生をかけようと誓い合うのだった。

何も連絡がないまま消息を絶った雷蔵を探すため、小川真由美は陸軍参謀本部で英文タイピストとして働くことにする。しかし雷蔵が銃殺されたと嘘を吹き込まれ、陸軍に復讐しようと、参謀本部で得た極秘情報を英国へ流してしまうのだった。しかもその情報は雷蔵たちが苦労して入手した情報だった。小川真由美は逮捕されれば拷問の末に処刑される。雷蔵は、自ら手をかけることを決意する。。。と、いうのが大方のあらすじである。

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「陸軍中野学校」シリーズが驚くほど素晴らしい完成度を誇るにも関わらず、(雷蔵ファンやスパイ映画ファンは別として)あまり世に知られていないのが不思議でならない。シリーズに一貫して、ストーリーはテンポよく進み、登場人物たちは魅力的であり、まったく退屈させない。プロットもカー・アクションもチープではないし、予算面以外は欧米のスパイ映画に引けを取らない。また、古さを感じさせない映像のスタイリッシュさと、何と言っても市川雷蔵の塩顔イケメンぶりが最高のシリーズである

一作目では、家族や恋人に別れも言えず、強引にスパイに仕立て上げられた生徒たちの悲哀と憤り、また同時に、戦線に立つのとは違った方法で日本のために戦いたいという意欲、正義感が伝わってくる。雷蔵のクールで頭脳明晰な人物像が、うっすらと哀愁を漂わせているのも良い。

二作目以降は、エンターテイメント性が色濃くなり、主人公が敵国スパイを追い詰め、駆逐するまでを描く華麗なアクション・サスペンスとなっている(二作目以降は別の監督)。一貫して丁寧にきめ細かく描かれており、昔の映画のクオリティの高さにただ驚くばかりである。

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