「砂の女」について

日本人ならば誰もが知る「池坊」は、日本最古にして最大規模の華道家元であり、その存在を記す最初の文献は室町時代に遡るものであるらしいから、ゆうに約600年の歴史を誇る、由緒正しい国家的伝統文化芸術の象徴でもある。その他、小原流、嵯峨御流、古流、専慶流、遠州流、未生流、龍生派、など色々な表現様式があり、それぞれの作法・作風がある。

しかし、形式を重視する古典的な華道に反発し、1927年に初代家元勅使河原蒼風は、制約のない前衛的な作風を取り入れた「草月流」を創設した。基本の形としては、「非対称性」と「非等間隔配置」を重んじ「線と空間」で魅せるスタイルであるが、草月流は、個人個人を「型」にはめず、それぞれの自由な表現を尊重すると同時に、花以外の異質なミディアム、例えば紙や金属などの人工的な素材をも自由に取り入れた、無限の可能性を秘めた造形アートである。

この「砂の女」を監督した勅使河原宏は、その草月流三代目家元である(二代目は妹)。幼い時分より、父・蒼風の反骨精神や(いけばなの)革新的な近代主義的表現に触れ、勅使河原宏がすそ野の広い創作活動に励むにあたり、多大な影響を受けた。また東京美術学校(現・東京藝術大学)にて日本画及び洋画を学び、在学中からピカソや岡本太郎などの前衛的芸術やシュルレアリズムに傾倒した。その岡本太郎をはじめ、花田清輝、安部公房、野間宏、椎名麟三、三島由紀夫、芥川比呂志(龍之介の息子)らの作家・芸術家らは、1948年、戦後間もない焼け跡の中でも屈せず、意欲的に新しい表現の方向性を探るべく、文学・芸術・美術のジャンルを超えた前衛芸術を研究する組織、すなわち総合芸術運動体「夜の会」を発足した。戦後の日本において、最も初期のアヴァンギャルド集団となった「夜の会」は、やがて「アヴァンギャルド研究会」などへと派生・合流・分岐を経て、「世紀の会」に統合される。1950年、勅使河原宏は岡本太郎の紹介で、「世紀の会」に参加すると共に、当時会長を務めていた安部公房と運命的な出会いを果たすのである。

60年代に入り、勅使河原宏は安部公房の原作・脚本の映画、「砂の女」(1964)「他人の顔」(1966)「燃えつきた地図」(1968)の三本を監督する。三作とも音楽は武満徹である。この三人がタッグを組んで織りなす世界観は、人間の内面を果てし無く掘り下げていく不遜さと、ドライで退廃的でアンニュイな空気に満ちている。安部公房と言えば、私は中学生の頃に教科書で「日常性の壁」を読み、人間がある対象に嫌悪感を抱く時の心理的メカニズムを、解体・分析してみる、という新しい概念に衝撃を受け、高校生の頃に「砂の女」を読み、日がな一日砂を掻くだけの女を想像し、その非生産性と不毛さに身震いするほど戦慄した。その時に私が読みながら想像したままのイメージが、勅使河原宏監督の「砂の女」(1964)に映像化されているのだから驚きである。つまりこれこそ「原作の完全な映像化」というものだろう。

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あらすじは、ある男(最後までその名は明かされないが、仁木順平という)が、リュックサックに虫取り網、虫カゴやカメラを下げて、ひとりポツンと砂丘を行く。普段は教師をしているというこの男は、趣味の昆虫採集を目的に、三連休を取って東京からやって来たのだ。砂を生息地とする珍しい虫を採取しては、瓶やシリンダーに詰める男。男はぼんやりと交際中の女を思い浮かべ、結婚などは無数にある証明書の一つに過ぎないなどと、結婚を否定するべく理屈を並べる。そこに村人の影が近づき、言葉巧みに男を、砂丘に掘られた穴の底に建つ民家へ宿泊するよう仕向ける。そこには夫と娘を亡くしたばかりの若い女が住んでおり、家が砂に埋もれないようにと砂掻きをするのが彼女の日課であった。

穴には縄ばしごを使って降りたが、翌朝その縄ばしごが取り外されていることに男は気づく。焦った男は砂の壁をよじ登ろうとするが、蟻地獄のように砂が流れ落ちてきて全く前に進まない。男は徐々に状況を理解し出すのである。まるで自分が採集していた虫のように、自分はこの砂丘の穴に捕獲されたのだと。

男は抵抗を続ける。捜索願が出ると大変なことになるぞ、不法監禁は立派な犯罪だ、責任者を呼べ、と女を脅し、また女を縛り上げて、村人としての任務である砂掻きを断固として拒否するが、水も食物も配給制である。兵糧攻めに合った男は、最終的に敗北を認めるのであった。

男と女は次第に夫婦のように暮らすようになる。それでも静かな抵抗を諦めない男はある日脱走に成功する。しかし流砂にはまったところを村人たちに助けられ、敢え無く女のもとへと戻されるのであった。ここまでで二時間経過。

そしてラスト二十分。男はカラスを捕まえて、助けを求める手紙を伝書鳩のように運ばせようと、罠を張っていたのだが、その道具が思いも寄らず、毛細管現象により貯水装置として役立つことを発見する。俄然、男は生きがいを見つけたかのように生き生きし、その科学的メカニズムを解明しようと図式を書き、朝夕の観察記録を付け始める。そんな中、女が激しい腹痛(子宮外妊娠)を訴え、村人たちに穴の外へと運び出される。どさくさの中、村人たちは縄ばしごを吊るしたまま去っていく。ついに逃亡の絶好の機会が訪れたのである。最大のチャンスを掴んだはずの男はしかし、「慌てて逃げることはない。とにかく貯水装置について誰かに話したい。聞き手は部落の人々以外いない。」と、もとの家へすごすごと戻っていくのである。最後のショットは、「七年以上生死不明のため失踪者とす」と書かれた、東京家庭裁判所が発行する「失踪宣告」である。武満徹のおどろおどろしい音楽と相まって、もう身の毛のよだつエンディングであった。

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前衛的華道家としてのバックグラウンドのせいだろう、日本の完璧主義的且つミニマリスティックな美と、新しい自由な発想をうまく融合させた、丁寧な仕事をする人だというのが、勅使河原宏監督の映画を見た時の私の第一印象である。ATG系の芸術映画は、ひとりよがりだったり荒削りだったり、ひどく内向的でエゴイスティックであったりして、観客を置いてけぼりにする傾向がある、と私は思うのだが、勅使河原宏監督の作り出す映像は、安部公房の完璧な脚本とともに、完璧主義的に無駄がなく洗練されたものであり、実験的映像でさえ直感的にわかりやすく、観客は違和感なくその世界観に引き込まれ、最後のオチまでちゃんと連れて行ってもらえるのが神業的である。

この映画では、男が少しずつ飼い馴らされていく過程が描かれているが、最後の二十分前まではまだ常識的な文句を口にしている。「砂防林を立てれば」「砂の魅力をアピールして観光地化すれば」「砂掻きなど猿にでもできる」「虚しくないのか。生きるために砂掻きをしているのか、砂掻きをするために生きているのか」「まるで水の中に家を建てようとしているみたいだ」「いずれ誰かが探しにくるはずだ」。しかし、そもそも「珍しい虫を見つけて図鑑に自分の名前を載せたい」などという願望を持って、昆虫採集をしていた男である。貯水装置の発見は、男の承認欲求、自己顕示欲、成功願望を十分満たしてくれるものだった。誰もが同じように、自分という存在を社会に認めてもらいたくて、切磋琢磨するのであろう。自分を認めてくれる主体が何であれ、得る満足感、安心感は同じであると知ってしまった男は、そうやって外の世界から閉鎖的な部落へと、完全なパラダイム・シフトを遂げるのである。

ラストで、貯水装置の桶の中の水に映る自分の顔を見入るシーンがある。男の心を映す鏡のように、水面は波紋を描いて揺れている。しかし男が桶に蓋をした時、その心が定まるのだ。自分は自由である。逃げるのはまた明日でもいい、と。そして、そのまま七年の歳月が経ったことを失踪者宣告が語るのである。こわい!!しかし、本当に完璧な物語であり、完璧な映像化である。

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