もともと、お年を召されてからの仲代さんしか存じ上げず、ダンディなお髭のおじいさんといった印象しかなかったのだが、若い頃の映画を見てその翳のある男前ぶりに衝撃を受けた。と言っても目力が強すぎて、あまり好きな顔ではなかったが、小林正樹監督の「人間の條件」(1959-1961)を第一部から六部まで鑑賞し、その顔を10時間近くも眺めていたら、知らないうちにファンになってしまった。
俳優デビューはおよそ60年前、養成所時代にエキストラとして派遣された端役だったというが、それがなんと黒澤明監督の「七人の侍」(1954)の「通りすがりの浪人」役である。初っ端から黒澤監督の映画に、それも国宝級名作に出られるなんて、ものすごい運とツキの持ち主である。
養成所卒業後はあっと言う間にスターとなり、日本映画の黄金時代に名だたる監督たちの映画で活躍された仲代さんは、現在に至るまでたゆむことなく毎年のように映画に出演し続けていらっしゃる。
成瀬巳喜男監督の「女が階段を上る時」(1960)や「女の歴史」(1963)、勅使河原宏監督の「他人の顔」(1966)、五社英雄監督の「鬼龍院花子の生涯」(1982)など、私の好きな映画にもたくさん出演なさっていて嬉しい限りだ。また、小林正樹監督の「切腹」(1962)や岡本喜八の「斬る」(1968)は海外でもファンが多い。
しかし中でも私が一番好きなのは、木下恵介監督の「永遠の人」(1961)である。英題は「Immortal Love」、不滅の愛、である。仲代さんの役どころは地元の権力者である大地主の息子で、相手役の高峰秀子には結婚を誓い合った婚約者の佐田啓二がいるという設定だ。
しかし、わがまま息子役の仲代さんは高峰秀子を欲しいままに手に入れようとして、婚約者との間に割って入ってしまう。大地主には逆らえず、高峰秀子はあきらめて夫婦となる。彼女の目には横暴なケダモノとしか映らないのだが、本当は愛に一途で不器用で、高峰秀子のことが好きで仕方ないのが伝わってくる。ひどい言葉で罵ったり、他の女に手を出したりしても、実際は高峰秀子に愛されたい一心であり、愛してもらえないどころか、憎まれているという孤独とフラストレーションをどこに向けていいのか分からないのである。
木下恵介生誕100年を記念するサイトで、この映画は「黙々と展開される憎き夫への究極の復讐劇」と銘打って紹介されているが、決してそれだけの物語ではないと思う。映画全編にわたる「ただ君に愛されたい」という仲代さんの声無き叫びに、高峰秀子には「もういい加減に許してあげてよ」とつい言いたくなる、私にとってはとても純粋な愛の物語である。